使い捨て人財の徒然日記

社会に使い捨てられた底辺による底辺のための日記

【インプットとアウトプット】について

 

社会人になって1カ月近くがたった。

 

今はずっと研修をしており、座学ばかりである。

大学の授業とそんな変わらないのだけど、仕事の成果に直結するのでそんなに手を抜いてもいられない。

ただ一つ気になるのが、毎日業務終りに日報を書くという点である。

毎日の業務内容や気付いたこと、スケジュールを書いていくのだけれど、

これが結構添削される。

ざわPはまじめな気質だったので、小学校時代から大学に至るまでノートへの板書を欠かさなかったのだけれど、同じ様に日報を書くと結構突っ込まれる。

 

 

 

大学生の時漠然と思ってたのだけれど、どうもざわPのノートは、微妙な感じだ。

具体的に言うとテストのとき見返しても、そこまで有用でないのだ。

 

実際、数式や定義の羅列、演習問題の解法などが中心に書いてあり、ノート中心に復習をすると暗記ゲーになってしまう。

だからテスト前は、結局図書館で参考書を借りたり、教科書を一から見直したりして勉強することになる。ノートを見返すのはテスト範囲の比重を確認するくらいになってしまう。

 

同じ内容を記録しているのに、人によって見返した時のわかりやすさが全然違う。

どうしてだろうと思って、いろいろググったりしてみた結果、

これはどうも

・インプットとアウトプット

・経験と形式知

が大きくかかわっている。

 

まずインプットとアウトプットについて

大きく分けて物事はインプットとアウトプットに分けられる。

 

ざっくり言うと、

自分に入ってくるもの(新しい知識だったり経験、情報など)がインプットで

自分が出すもの(仕事、テスト、部活動)などがアウトプットだ。

 

もっというと1つの授業の中でも、新しい定理や知識はインプットだし、演習問題はアウトプットである。

 

ここで大事なのはインプットとアウトプットは別々に切り離せるものではなく、二つで1つだということ。

そもそもインプットするのはアウトプットするためである。

 

授業で板書するのも、テストでいい結果を出すため、研究で使うため

会社で座学を行うのも、仕事で成果を出すために必要だからである。

 

だから本来は、インプットする段階からアウトプットを意識しておかないといけない。

教わった内容について、どのような状況で用いるものなのか考えないといけない。

 

思えば普段使っていた教科書も、新しい知識の後には必ずと言っていいほど演習問題が付いていた。

あれは今思えば製作者の優しさで、

「新しい知識出てきたけど、実際どう使うのか教えてやるよ」

ということを言ってたわけである。

 

だから新しい学びを得た時には、必ずそれが

「どうやって使うものなのか」「どのような状況で使うものなのか」

っていうのを記録しておかないといけない。

 

だからノートでいえば単元ごとにページを分けてしまい

上半分にインプット、下半分にアウトプットくらいで書いとけばわかりやすい。

 

長くなったので形式知と経験についてはまた今度。

 

まとめ

・学びはインプットとアウトプットの2段階で1セットである。

・趣味以外ではとくにアウトプットを意識したインプットが必要になる。

・とりあえずアウトプットでブログを書いてみた。

 

以上